自由意志はない?  〜「選択」は幻想?〜 Part3(最終回)

前回までは私達には未来に対して選択の余地はなく、自由意志はないという趣旨の主張でしたが、これらに反する主張をして行こうと思います。
映画「マトリックス」では「現実」という認識を改めて考えさせる描写があり、現代科学でも明らかになっている通り、私達の感じる現実は脳細胞が受け取る電気信号によって描き出された世界であることは間違いないと思います。問題は「それ」が本当に「現実」なのか、映画のような超高性能なコンピューターが作り出した仮想世界の中の「幻」なのかは私達には区別がつかないところです。
実際にか物理学者の一部の方は本気でこの命題に取り組み、もし仮想世界なら、精巧なプログラムでも僅かな不具合やラグの痕跡がこの世界に残っていると考え、天体の観測データや天体望遠鏡を使って探しているそうです。今のところ見つかってないようですが・・・

しかし、私達が感じ取っている世界が「現実」でも「仮想」であっても私達の「選択」によって現象が変わる実験結果が実際には存在しています。
以前記事にした「量子ゆらぎが〜」で紹介した電子の二重スリット実験では、私達が観測すると実験結果が変わってしまうことが知られています。

電子を一粒づつ発射して、スリットを抜けた結果を観測すると・・・

私達が電子を観測していない時は波のように振る舞う

上のイラストのように、2つのスリットの後ろ以外の場所にも着弾するという不思議な結果になります。

ところが!

スリットに観測装置をつけると結果がまるで変わります。

何故か普段私達がよく見る実験結果になる

波のように振る舞っていた電子は、波の性質が変わってしまい、2つのスリットの後ろのみに着弾します。
この「観測」という行為は電子軌道を見るという「選択」をした結果、起こる現象に影響が出ることを示唆しているとも取れます。
厳密にいうと対象物の電子に「光」を当てているので、電子の運動に影響を与えているとも言えますが、仮にそうだとしても、着弾する電子は光のエネルギーによって軌道は大きく変わったりして、もっとランダムに着弾するはずです。

発想を変えて、もっと身近な例で私達は目の前の現象を「選択」していると思われるシーンを紹介します。

私のライフワークでもある「サッカー」というスポーツ。前回までに紹介した人間の意思決定は7秒前に決定しているという研究結果では説明出来ない現象が現れます。
有名なメッシのドリブルは、大人数のDFで止めに行っても止めることが出来ず、対峙した選手は必ずと言っていいくらいに「自分の予想と逆」のコースを取るそうです。また、直前までにやろうとしていたプレーをキャンセルしてパスに変えたり、シュートに変えたりします。
7秒前から・・・では間に合いませんよね?私もメッシほどではありませんが、相手を見てプレーの選択を決めることがあります。上手く行く時は殆ど「無意識」ですが、頭の中に一瞬プレーのイメージが湧きます。
「無意識」だから「選択」しているとは言えないという反論が返って来そうですが、「無意識」レベルの前は意識的にボールを扱う練習をして「無意識」レベルでプレー出来るように「選択」していると言えると思います。
この話は学者でも意見が分かれていて、現在も結論は出ていません。
ですが、希望も込めて私は「選択の自由がある」に一票いれようと思います。

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